vol.1

高松平和病院 就任挨拶

このたび高松平和病院の院長になります原田真吾です。

どうぞこれからもよろしくお願いします。

私が知っている平和病院の院長先生は、私が2004年に研修医で就職したときに院長だった藤原先生と、研修医が終わってしばらくした後に院長交代した蓮井先生です。藤原先生の前は先日まで当院で入院しておられた梶先生です。梶先生の前は伝説の宮脇済先生ですが、宮脇先生が極度の医師不足の中急逝されたため、宮脇先生と梶先生の間に4年間院長をおかなかった、おけなかった時期があるようです。というわけで私は5代目の院長のようです。

藤原・蓮井院長時代には、平和病院のベッドを協同病院の回復期リハビリ病棟へ移し、外科をおろして緩和ケア病棟を作り、小児科外来をクリニックとして外へ出し、地域包括ケア病床をつくるなど、この間にバリバリの急性期の病院から地域連携の中で、患者さんを地域の生活者にしていくお手伝いをする病院へ変え、病院の活路を開きました。その間には、2017年や2018年末からの経営再建、職員の相次ぐ退職など、私が内科部長や副院長になった後のことなので、管理会議などでもよくこんなストレスフルな仕事ができるものだ、院長って大変なんだな、と思ったものです。これから身の引き締まる思いです。

さて、現在の世の中は、目に見えない新型コロナウイルスにより、社会が激変してしまいました。この2年間で患者動向や院内の感染対策などの取り決めごとなど変化を余儀なくされてきました。医療生協の組合員さんの班会をはじめとして、人と人が集まることが少なくなり、地域のつながりが自然と弱くなっています。また、もっと広く見ると、政府のこれまでとってきた医療や公衆衛生における新自由主義的な政策で、医療費を減らし、患者の自己負担を増やし、病院・病床を減らし、医師・看護師を減らし、保健所を減らしてきたツケがこのコロナ禍で一気に吹き出ています。さらにこの間のGOTOトラベルやワクチン政策など政府のコロナ対応における無為無策により、国民が苦しめられてきました。これほど医療や生活と政治が関わり合っていると実感したことはないのではないかと思う日々です。近く総選挙があるので、職員の皆さんは必ず投票に行き、市民の権利を行使しましょう。

このような社会・医療情勢で院長になるのは、実にやりがいのあることだと思っています。SDHの教科書などでは、診察室レベルのこと、地域や自治体レベル、社会全体や国レベルをミクロ・メゾ・マクロと層別に考えたりしますが、そのいずれにも関心を持って、立ち向かう病院であり、2年前に職員みんなで学習した民医連リーフレットにあるように、なんのために・誰のために の医療機関であるかを強く自覚し、地域の困難を抱える人々誰をも取り残さない社会をつくる職員集団でありたいと願っています。

おそらく私の院長在職中に病院の建て替えが行われることとなります。具体的にはあれこれ言いませんが、ひろく地域住民、組合員さんを巻き込みながら地域や周囲の医療機関に信頼され、「平和さんに任せておれば心配ないわ」と言われるような強くて優しくて、ますます愛される、健康と平和をつくる拠点にしたいと思います。

そして、私自身のキャラクターでもあり、強みであるとも思っていますが、コミュニケーションをとり、風通しのよい病院運営、職員みんながのびのびと力を発揮できる職場環境を作るように努めていきたいと思います。

最後に、もうひとつ小話をして終わりたいと思います。最近聞くことが少なくなりましたが、さぬき麺業のラジオCMです。「創業80年香川屋から始まったさぬき麺業、当主政明は、『伝統を作るのは難しい、進化を続けることだと思います』、寝ても覚めてもうどん、さぬきのうどん。手打ち免許さぬき麺業」というものです。

平和病院も2年前に創立70年となりました。新病院のもと100年間続いていくためには、時代の変化をおそれず、常にチャレンジャーの気持ちで新しいことに挑んでいくことが必要だと思います。進化の中でこそ伝統は作られる、古い感覚のままで時代に取り残されてはいないか、これを互いにチェックしあい、ますます病院を盛り上げていきたいと思います。

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